連載:モバイルゲームのアドベンチャーパート開発 Vol.2

 前回は、アドベンチャーパートの概要について触れてきましたが、今回は、アドベンチャーパートで用いられる表現について、解説していこうと思います。

アドベンチャーパートでの表現 - 1

 アドベンチャーパートは現在各社が創意工夫を行っており、話題にも上がりやすい一つの強みとしてプレイヤーに認識されています。

 各社がそれぞれの見せ方をしている今現在では、昔のような立ち絵と背景をただ表示するだけの単純なアドベンチャーパートは、余程シナリオが秀逸なものでなければプレイヤーに読んでもらうことも難しいというのが現状です。

 では、なぜ昔のようなテンプレートなアドベンチャーパートが減っているのでしょうか。

アドベンチャーパートと認知バイアス

 アドベンチャーパートの利点といえば、工数の節約であったり、手軽にシナリオをユーザーに伝える事が出来るという点ですが、実はそれらはただの副産物です。というのも、工数を節約できるというただそれだけの利点であれば、そもそもこのアドベンチャーパートという形式は、ここまで長期間生き残ってはいないでしょう。

 では、なぜ、アドベンチャーパートは現在まで存続しているのでしょうか?

 それは、アドベンチャーパートが真にプレイヤーに影響を与えるのは、認知バイアスの誘導にあるのだと考えられます。

 バイアスが働く事象は様々ですが、例えば、知名度がある有名人と無名の一般人が同じ商品をPRしたとしましょう。そうした場合、前者のほうが商品の購買に結びつく確率が高くなるのは、想像に難くないでしょう。

 商品は同じもので差はないはずなのに、なぜ、そのような違いが生まれるのか。それは、商品の評価がPRを行った人物の評価に引きずられるためです。

 こうした思い込みや周囲の環境などの要因によって、非合理的な判断をしてしまう心理現象をバイアスと呼びますが、この中でも、特に無意識下で持つ先入観や固定観念によるバイアスを認知バイアスと呼びます。

 アドベンチャーパートにおける認知バイアスが働く状況は、アドベンチャーパートで最も単純な背景に立ち絵を出すシーンで考えてみるとわかりやすいでしょう。

 まず、このように背景が表示されている状態から、

img1

そこに、キャラクターの立ち絵が新たに表示されることになります。

img2

 ゲーム慣れした人は、何の説明もしなくても、「そのキャラクターがその場所にいる」と認識することでしょう。

 しかし、あまりこうしたゲーム的な表現に明るくない人の場合、背景とキャラクターを個別に認識して「背景とキャラクター」と捉えてしまうため、「そこにいる」という認識にまでは至らないでしょう。

 これは、背景にきちんとキャラクターが存在している前提で最初から作成されているイラストなどと違い、背景と立ち絵がそれぞれ独立したものとして制作されているため、本来、そこに因果関係が存在しないためです。

 現在、これが違和感なく浸透しているのは、多くの人が既に「背景に立ち絵が出た」=「背景の場所に立ち絵のキャラクターが登場した」という認知バイアスを獲得している為だとといえるでしょう。

 要約すると、アドベンチャーパートは認知バイアスによって成立しているシステムであり、これによって、本来必要な情報が不足していたとしても、受け手がある程度都合よく状況を解釈して補完を行うことで、成立しないはずのものが成立するようになるのです。

リアル3Dモデルを用いたシナリオ体験の難しさ

 前項では、主に2Dの背景と2Dの立ち絵で構成される、一般的に多く見られる形式でのアドベンチャーパートにおいて発生する認識バイアスについて触れてきました。

 それでは、2Dより高品質だと言われることの多い3Dでのアドベンチャーパートはどうなるのかについて、解説しましょう。

 昨今少しずつ出てきている、リアルな3Dモデルのキャラが3Dの背景で動くゲームでは、認知バイアスによる恩恵がほとんどありません。

 3D空間というのは、私達が普段生活している現実世界と親しい性質を持つため、そこでの見た目や起こり得る現状などは、現実世界でのイメージに引きずられることになります。つまり、前項で説明したものとは、逆のバイアスが働いている状態となり、現実世界との乖離が多ければ多いほど、違和感が強くなるということになります。

 これによって、私達が普段無意識下で認識している自然な動きというのが、絶対的な基準となってしまうので、少しでもそこからズレてしまうと不自然と認識され、マイナスイメージを持たれてしまうのです。

 そのため、3Dモデルを用いたアドベンチャーパートでは特に、ゲームというよりも現実的に見て違和感がないかどうかを判断されてしまうという事になります。そこで少しでも違和感を感じるような演出や所作を行ってしまうと、私達が普段当たり前だと思っている「自分の常識」から逸脱する現象を目の当たりにしてしまう為、何とも言えない気持ち悪さや嫌悪感が先に来てしまうことになるのです。

 こういったものを緩和するのが3Dモデルの等身を下げる事であったり、そのゲーム特有の世界観設定を反映したビジュアルです。

 現実世界とは違うものである、という認識を明確にユーザーに与えることで、リアルではありえない動きや表現を違和感なく受け入れやすくさせることができます。とは言え、こうした課題をすべてクリアした上でアドベンチャーパートを作ることは、ハードルがかなり高いことは言うに及ばずでしょう。

 これらを解決するのが前項にも挙げた認知バイアスの利用により、最小限でユーザーに理解させる為のアドベンチャーパート作りです。現在のゲームにおけるアドベンチャーパートは、この指針を元に作られています。

面白いゲームにある認知バイアスの優位表現

 では、なぜ、一番初めに言ったようにテンプレートなゲームが減っているのでしょうか。

 テンプレートだけでも成立しているのは、認知バイアスの影響が大きいからです。しかし、それだけでは、どうしても表現が単調になってしまう上に、ユーザーにとっては他と代わり映えがしないものばかりになってしまうため、すぐに飽きられてしまいます。

 そうならないためには、大きく2つの方法があります。

  • ビジュアル、サウンド、シナリオ、全てのクオリティが高く、多くのユーザーが共感し、納得できる演出を行う
  • 既存の認知バイアスではなく、他ゲームであまり見ない演出に新しい認知バイアスを与え、新しい表現を確立する

 しかし、この2つはどちらも成立させる事がとても難しいのは言うまでもありません。

 そのため、実際アドベンチャーパートの品質を高く保つためにはこれらをバランスよく使う事が大事になり、常にバイアスとの戦いになります。

 プレイヤーが見慣れているアドベンチャーパートと比べてどうなのか、どんな工夫がされているのか、既存のゲームより優れている部分、また、既に他社のゲームで一般的に使われている演出などをどのように取り入れていくのか。

 これを意識する事で、認知バイアスを優位に働かせることができます。

バイアスを優位に働かせる具体例

  • 登場時にただ表示非表示を切り替えるのではなく、歩いているように見えるような動作を付け加える
  • 目を閉じた状態で登場し、登場後に目を開く
  • 戦闘シーンなどで剣の軌跡などをパーティクルや人物の移動の緩急や、エフェクトで表現したり、SEで補完したりする
  • 花火のシーンなどをスチルの一枚絵で表現するのではなく、きちんとしたパーティクルを組んでみる

 どれもそこまでやるほどかと思いそうですが、細部へのこだわりは確実にプレイヤーに伝わりますし、それが物語で感動するシーンや登場人物の心に寄り添うものであれば、確実にプレイヤーにはおもしろいと思ってもらえるはずです。そうした表現をせずにテンプレートな表現だけでベタにアドベンチャーパートよりもコストはかかりますが、3Dモデルの高品質アドベンチャーパートを作るよりも確実に安価ですし、それに比べた時のデメリットも遥かに少ないでしょう。

まとめ

  • アドベンチャーパートはプレイヤーのこれまでの経験によって補完され、比較される
  • これまでのゲームと違うことが大きすぎるとユーザーの認識と齟齬が生まれる
  • 見せ方を工夫すれば、素材などを増やさなくてもユーザーのカタルシスを引き出せる

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