ユーザーテストの未来――言葉の裏を読む、次世代UXリサーチの探求 前編:「それ、本当に欲しい?」――ユーザーの言葉を信じてはいけない、たった1つの理由

「このUI、本当にこれでいいんだっけ?」 私たちデザイナーが、毎日向き合っている終わりのない問い。この連載は、そんな問いに対する答えを探す冒険の記録です。

ユーザーの心を知るための「ユーザーテスト」をテーマに、その常識のウソから、身体の反応を探る最新のアプローチ、そしてAIが拓く未来のテストまで。3回にわたって、UI/UXデザインの新たな地平線を探ります。

なぜアンケートはヒットを生まないか

「もし、ユーザーの心が読めたなら...」

サービス開発に携わる者なら、誰もが一度はそう夢見たことがあるはずです。ユーザーは心のそこから何を求め、何に心が動かされるのか。それが分かればプロダクト開発に失敗はないのかもしれない。しかし、人の心を知るというのは単純ではありません。

私自身、ユーザーテストのアンケートで高評価を得た機能が、リリース後に全く使われなかった苦い経験があります。ユーザーは嘘をついたのでしょうか? いいえ。おそらくユーザー自身も、自分が本当にそれを欲しているのか分かっていなかったのです。

この経験から、ユーザーの無意識、つまり言葉にならない本音を探ることの重要性を痛感しました。UXデザインの中心課題は「ユーザーを知る」ことですが、従来のインタビューやアンケートには、越えがたい「壁」が存在します。

今回は、なぜユーザーの言葉だけでは不十分なのか、その根深い理由を掘り下げ、新しいアプローチである「生体テスト」の可能性について考えていきたいと思います。

言葉の裏に隠された「本当の課題」

自動車王フォードの「もし顧客に聞いていたら、彼らはより早く走る馬が欲しいと言っただろう」という言葉はあまりにも有名です。これは、ユーザーは既存の概念でしか要望を語れない、というイノベーションの本質を示すと同時に、ユーザーの言葉が「本心」そのものではないという事実を示唆しています。

欲しいのは商品でなく物語のイラスト

例えば、ゲームのテストでユーザーが「中断ボタンが欲しかった」と述べたとします。しかし、これは本当に「中断ボタン」という機能への要望でしょうか?

もしかしたら、本当の課題は「次のステージに進めず、イライラした」という体験そのものかもしれません。ユーザーは、そのネガティブな感情を「中断ボタンがあれば解決できたはずだ」と自分なりに解釈し、言語化したに過ぎないのです。

ここで「中断ボタンを設置しよう」と安易に結論づけてしまうと、プロジェクトを間違った方向に導いてしまう可能性があります。解釈次第で180度異なる回答になる危険性をユーザーテストは持っています。

本当に注目すべきは言葉の表面の意味ではなく、「なぜ先に進めなかったのか?」「何がユーザーをイライラさせたのか?」という事実です。ユーザーの言葉はあくまでヒントであり、その奥にある「本当の課題」を突き止める必要があります。

アンケートとインタビューが持つ「3つの壁」

「個々の言葉が信用できないなら、数を集めればいい」と考えるかもしれません。しかし、そこにもいくつかの壁が立ちはだかります。

壁1:統計数字の罠

仮に10人のユーザーテストで5人がタスクを達成したとします。成功率は50%...と言いたいところですが、統計的に見ると、この結果の信頼区間(本当に確からしい範囲)は24%~76%と非常に幅広く、実態とかけ離れている可能性があります。サンプル数を100人に増やしても、ブレはゼロにはなりません。

壁2:被験者のバイアス

回答には、文化や集団によるバイアスが存在します。例えば、日本人が母集団のテストと、アメリカ人が母集団のテストでは、米国でのテストの方が明らかにプラスのバイアスがかかり、5段階評価の平均が1程度も異なることがあります。

さらに深刻なのが、テスター自身の問題です。テスト参加者の多くは、複数の企業に登録している、いわば「プロの被験者」です。彼らはUI操作に慣れており、一般的なユーザーとは行動が異なります(※1)。 また、心理学で「優等生バイアス」と呼ばれるように、無意識に「良いユーザー」として振る舞い、作り手側が喜びそうな回答をしてしまう傾向があります。心理学者Orneの研究(1962)でも、人は実験の意図を察し、それに沿った行動をとってしまうことが指摘されています(※2)。彼らのスムーズな回答は、本当に心の声でしょうか?

優等生バイアスのイメージイラスト

壁3:自分自身という最大の謎

そもそも、私たちは自分自身のことを正確に理解しているのでしょうか。

「好きな音楽は?」と聞かれて、本当に一番好きな曲を答えていますか?あるいは「こういう人間だと思われたい」という理想像に合わせた、"公式回答"を口にしていないでしょうか。

本音はどこにある?

脳科学では、脳でさえも吊り橋のドキドキを恋と勘違いするように、身体の反応から感情を後付けで判断することがあると言われています。一度「好き」だと感じてしまうと、その感情に一貫性を持たせるために、後から理由を探してしまうのです。つまり、好きという反応ですら100%純粋な一次情報ではない可能性があるのです。

ユーザーの言葉やアンケートの数値は、脳で解釈・編集された「二次情報」です。そこには、本人さえ気づかないバイアスが混じっています。

一次情報と虹情報のイメージ図

バイアスが言葉に宿るのであれば、行動にフォーカスするのはどうでしょう。言葉では嘘をつけたとしても行動には本音が現れるのではないか?それを計測し数値化することでユーザーの心理に近づけるのではないか。

しかし、残念ながら、KPIの数値からもユーザーの感情は見えません。たくさん商品ボタンが押され、購買されたからと言って、ユーザーは心からそれを欲したとは言えないのです。極端な例ですが、ただ催眠術にかけられ購買ボタンを押さされただけかもしれません。現代の行動デザインのテクニックは実際にそれに近いことをやってのけることができます。

我々はどこまで行ってもユーザーの、いや自分自身の心にも触れることはできないのでしょうか?

なぜ今「生体テスト」が注目されるか

では、行動に移す前の情報を取得することができればどうでしょうか?

ここまでは、言葉や行動という心の「二次情報」について話しましたが、では編集される前の、より生の情報――感情が生まれる直前の、無意識的な身体反応(一次情報)――を直接観察することはできないのか。

そこで、注目されているのが「生体テスト」です。生体テストは、視線の動き、心拍、発汗、表情の変化といった、言語化される前の身体反応を捉え、ユーザーの無意識の思考や感情の動きを探ろうとする試みです。

言語化される前の身体反応のアイコン

「生体テスト」が注目されている裏には、これまでUXリサーチの中心であったペルソナ手法に限界があることも起因しているのではないかと思います。ペルソナはチームがユーザーのイメージを共有し、共感を促すことには有効なのですが、人口統計ベースのペルソナでは、課題は出せても、ユーザーの実際の行動を予測することに関しては深刻な問題があります。

ニールセン・ノーマングループの研究でも示されているように、ユーザーの行動は、その人が「誰であるか」という属性(ペルソナ)よりも「どのような状況に置かれているか」という文脈に強く影響されます。(※3)

その中でUXデザインはペルソナから「行動デザイン」へと転換してきています(※4)。「行動デザイン」はユーザーの文化や生活背景から行動を導き出すのではなく、特定の文脈でどう反応し行動するかにフォーカスし、どのような心理的・環境的要因で意思決定するかを理解する手法です。

例えば、ゲームの場合は、どのような演出が、ユーザーの興奮を引き出したのか、より細かい反応をリアルタイムに検出する必要があります。そして、それを検知するために、特定の環境に置かれたユーザーの発汗や心拍、目の動きや表情などの一次情報が非常に重要な役割を担うことになるのです。

UXの常識を変える?生体テストの今

ただ、これまでは視線や心拍、発汗など、それを計測するための器具は高額で、それを解析するためにテストを請け負う専門業者に依頼する必要がありました。そのため、このシーンでの反応を調べたいからといってカジュアルにテストを依頼できるような状況ではありませんでした。

しかし、近年、機材の価格も下がり、かつては数百万円かかっていた視線を分析するためのテストですが、今では、数万円で視線解析が可能なアイトラッカーの機材自体を購入できるまでになりました。今後、生体テストの技術的なハードルはさらに下がり、UXリサーチのスタンダードになっていくでしょう。

以前から我々の中でも、リアルタイムに人の反応を詳細に取得できる、生体テストに注目し、視線解析を用いたユーザーテストなど実施はしていたのですが、費用の問題から、追試が難しく、その知見を活かし切ることができていませんでした。

しかし、生体テストの重要性が高まってきており、社内でのテスト環境構築に取り組んでいる最中でもあったので、なんとか生体テストの知見を貯めることはできないかと考えていました。ちょうどそのタイミングで、以前、アイトラッキングを用いたユーザーテストでお世話になっていたトビー・テクノロジー様から声掛けいただき、生体テストの体験をさせていただくことになりました。


※1:Dintino, C., Goyal, A., AlSawah, M. A., & Senathirajah, Y. (2022). Determining the impact of usability issues of primary care physicians by expertise when using an electronic health record. Montclair State University Digital Commons.

※2:Roethlisberger, F. J., & Dickson, W. J. (1939). Management and the worker: An account of a research program conducted by the Western Electric Company, Hawthorne Works, Chicago. Harvard University Press.

※3:Nielsen Norman Group. (2023). Contextual inquiry: Inspire design by observing and interviewing users in their context. NN/g Nielsen Norman Group. https://www.nngroup.com/articles/contextual-inquiry/

※4:Rothwell, J. (2025, June). Beyond personas: How behavioral design research is reshaping user understanding. Medium.


この方に記事を用意していただきました!

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里宗 巧麻
UI・UXグループ
マネージャー

次回からは、トビー・テクノロジー様での体験調査を元に、「生体テスト」とは具体的に何で、どんな世界を見せてくれるのか。その可能性を一緒にのぞいていきましょう。

デザインを科学する「ニューロデザインラボ」でも記事を掲載中です。

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