UI/UXグループの里宗です。
前回の記事では、ゲーム開発における見積りの問題点と、それを引き起こす要因について、現場からの警鐘としてお伝えしました。今回は、見積りを科学的に捉え、精度を高めるためのアプローチと、AI技術がもたらす変革について解説します。
見積もりの意図と意義は、担当者やプロジェクトによって大きく左右されます。しかし、本来、見積もりは経験や勘といった属人的な要素に依存すべきではなく、科学的な手法を用いることでその精度を高めることが可能です。本稿では、主要な3つの科学的アプローチに焦点を当てて解説します。
過去のプロジェクトデータを詳細に分析し、統計的な手法を用いることで、より客観的な見積りを行うことができます。
見積りを直感や経験則だけでなく、データ分析や統計的手法を用いて行う方法です。過去のプロジェクトデータを蓄積し、分析することで、より客観的で精度の高い見積りが可能になります。
リスクを確率として評価し、見積りにバッファとして組み込む方法です。
見積りの不確実性を確率として表現し、リスクを定量的に評価します。プロジェクトには常に不確実性が伴うため、リスクを可視化し、確率として見積りに反映させることが重要になります。
科学的なアプローチを踏まえた見積りを立てるための具体的な手法として、類推見積り、3点見積り、ボトムアップ見積りなど、プロジェクトの特性に合わせて最適な手法を選択し、組み合わせる方法があります。
前回、正しい見積もりをしても、その見積もりを狂わせるものがあるという話をしました。それは「楽観主義」であったり、「能力の過信」だったり、「正直さの欠如」などが原因です。それに立ち向かうのは構造的に非常に困難です。しかし、AI技術の進化がそれに対して福音をもたらすのではないかというお話しをします。
AI技術の進化は、見積りの精度を飛躍的に向上させることができます。AIは、過去の膨大なプロジェクトデータを学習し、人間では不可能なレベルの客観的な見積りを提示できます。また、リアルタイムでのファクトチェックにより、見積りの改ざんや欺瞞を防止することも可能ではないかと思います。
AIは、過去のプロジェクトデータを分析し、様々な要因を考慮した上で、より正確な見積りを算出することができます。
AIは、見積りの根拠や前提条件を明確に示すことができるため、見積りの透明性が向上します。
AIは、見積り作業を自動化することができるため、見積りにかかる時間やコストを削減することができます。
しかし、AI利用の課題は、使い始めまでのハードルの高さにあります。AI利用によって見積りの精度を飛躍的に向上させることはできますが、AI導入には初期投資や信頼性の検証といった課題も存在します。重要なのは、これらの課題を克服し、AIを活用することで、人の手では成し遂げられない品質での見積りを実現することです。
大規模プロジェクトでは、多くの優秀な管理者が配置されるにもかかわらず、失敗が繰り返されることがあります。この原因は、手法やスキルの問題だけではなく、むしろ、優秀であろうとする心理が、見積りを歪めているからではないでしょうか。
見積りの失敗要因として大きいのは、「楽観主義の結託」です。関係者は、希望的観測に基づいた非現実的な見積りを支持しがちです。現実的で厳しい見積りよりも、楽観的な見積りの方が受け入れられやすいため、結果として、根拠のない見積りが横行してしまうのです。
また、プロジェクトの責任者や専門家が「優秀である」とされることが、問題を複雑にします。見積りの妥当性を判断する人々が、「自分ならもっと早くできる」と考え、能力への過信から、見積りを軽視してしまうのです。
優秀であろうとする心理は、不都合な事実の隠蔽にもつながります。関係者は、無能だと思われることを恐れ、自分の能力を実際よりも高く見せようとします。その結果、見積りにも意図的な操作が加わり、正確性が損なわれてしまうのです。
「このくらいできるはずだ」「できて当然だ」「できないのは能力が低いからだ」
このような言葉が飛び交う環境では、誰もが自分の能力を高く見せようとし、結果として、見積りだけでなく、プロジェクト全体の計画に歪みが生じてしまいます。
つまり、見積りだけでなく、プロジェクトのあらゆる段階で、意図的な情報操作が行われている可能性があるということです。これは、特定の個人を責めるべき問題ではなく、組織的な問題として捉える必要があります。会社は、従業員の優秀さを評価する一方で、従業員は、会社からの評価を得るために、自分を優秀に見せようとします。この構造的な問題が、見積りを歪ませる大きな要因となっているのです。
プロジェクトの成功には、正確な見積りだけでなく、正直さと透明性を重視する組織文化が不可欠です。AI時代において、私たちは科学的なアプローチと倫理観を両立させ、より精度の高い見積りを実現していく必要があります。
そして、もうあと1〜2年の内に、会議中の発言や見積りに対して、AIがリアルタイムにファクトチェックする未来がくるでしょう。見積りの粉飾や発言の欺瞞や嘘をその場でどんどんAIが告発していく様はリアル半沢直樹のような状態になるかもしれません。
現状でも、AIによってエビデンスに基づいて内容が事実であるかどうかをチェックすることが可能です。それに過去資料を読み込み比較したり、分析することもできるようになってきています。これまでの見積りと付き合わせ、見積りの不備や脆弱性を判断することの精度は今後格段に上がっていくはずです。
その時、人は優秀であろうとする必要はなくなります。AIの前で優秀であろうとすることは意味を持たないからです。もしかしたら、人が本当に正直になるには、AIの発展を待たなければならないのかもしれません。
見積りやプロジェクトを正しく機能させるためには手法よりもまず正直さであるという結論になります。どのような手法も、環境の正直さのベースがなければ、精度は上がりません。どんなエレガントな取り組みも、欺瞞の前ではただのコストです。まずは正直さから。そして、正直さを許す仕組みづくりが何より重要なのかもしれません。
里宗 巧麻
UI・UXグループ
マネージャー
KLabのクリエイターがゲームを制作・運営で培った技術やノウハウを発信します。
合わせて読みたい
KLabのクリエイターがゲームを制作・運営で培った技術やノウハウを発信します。