見積りを科学する 前編:見積りの常識を疑え! -ゲーム開発プロジェクト失敗の要因-

UI/UXグループの里宗です。
以前、ユーザーテストについて連載させていただきましたが、今回はゲーム業界における見積りについて2回に渡り執筆します。

「納期直前に大規模な仕様変更が発生し、プロジェクトが頓挫した」

「リリース後に深刻なバグが多発し、ユーザーからの信頼を失い、炎上した」

これらは、ゲーム開発の現場で決して珍しくない光景です。なぜ、優秀な人材と膨大なリソースを投入しても、プロジェクトは失敗してしまうのでしょうか?

私自身、ゲーム業界で多くのプロジェクトに関わり、数々の失敗を目の当たりにしてきました。最近、ある確信に至りました。プロジェクトは、失敗するべくして失敗しているのではないかと

「そんなはずはない!」

私もそう信じたい。優秀な人たちが集まり、大切な時間と大金をかけて全力を尽くしているはずのプロジェクトが、わざわざ失敗するために行われているはずがないと。

優秀な人たちが集まっても失敗してしまう

しかし、その疑念はどうしても拭い去れません。これまで無数のプロジェクトが立ち上がり、多くの失敗があり、その経験が蓄積されてきたにも関わらず、同じような失敗が繰り返されています。なぜでしょうか...。

1. 見積りを狂わせるもの

統計的には、大きなプロジェクトが見積り通りに完了するのは8.5%程度とされています。オックスフォード大学教授のベント・フリウビヤは著書「BIG THINGS」で、その要因のほとんどが計画不足であると述べています。(ベント・フリウビヤ,ダン・ガードナー,2024,「BIG THINGS」)。

プロジェクトの現実グラフ。工期内に完了は8.5%

プロジェクトの失敗の原因を探る振り返りでも、市場の変化や事故などの不測の事態やメンバーのスキル不足が語られますが、見積りミスについて言及されることはあまりありません。しかし、全ての失敗の背後にある遅延や予算オーバーなどは見積りが原因であると言えます。

プロジェクトの成否を大きく左右する重要な要素、それは見積りです。適切な見積りは、無謀な計画を避け、成功への道を切り拓きます。しかし、多くの現場では、希望的観測や過去の経験則に頼った不正確な見積りが横行し、プロジェクトの失敗を招いているのが現状です。見積りを狂わせる大きく3つの要素について見ていきます。

1.1 楽観主義の罠

プロジェクト関係者全員が、希望的観測に基づく非現実的な見積りを支持してしまうことがあります。

「このくらいできるだろう」「なんとかなるはずだ」

根拠のない楽観的な言葉が飛び交い、現実的なリスクや課題が見過ごされてしまいます。

1.2 能力への過信

個人の能力を過大評価し、現実的なリスクや課題を見過ごしてしまうことで起こります。

「自分ならもっと早くできる」「こんなの簡単だ」

個人のスキルに依存した見積りでは、担当者の変更や体調不良など、不測の事態に対応できません。

1.3 正直さの欠如

不都合な事実を隠蔽したり、上層部への忖度から、意図的に見積りを操作してしまう傾向があります。

「納期に間に合わないとは言えない」「予算オーバーは許されない」

組織の都合や個人の評価を優先することで、正確な見積りが歪められてしまいます。

2. 過去の事例から学ぶということ

プロジェクトの失敗を減らすには、過去の事例から学ぶことは非常に重要です。開発現場ではニュートンの「巨人の肩の上に立つ」という言葉が好まれますが、ゲーム業界では「俺の屍を越えてゆけ」という言葉が愛されています。

しかし現実では、ただ屍が積み重なるばかりです。

積み重なる屍

かつて、プロジェクトで発生した問題に対して、「この問題には多くの事例があるので、エビデンスに頼った対策をするべきではないか」という主張をしたことがありました。その時、上長はこう言いました。

「いや、プロジェクトに一つとして同じものはない。条件も必要なものも異なるのだから、対策も同じではいけないはずだ。」

まったく同じ人間は存在しません。これは公理です。しかし、人の構成はほぼ同じのため、翼もなければ、空を単体で飛行することはできません。これはどの人間にも当てはまります。

同様に全てが同じ条件のプロジェクトなどこの世には一つもありませんが、できる失敗のパターンは限られています。過去に事例のない失敗などまずありえません。ひとつのパラメーターが違ったからと言って、大きな違いにはなりません。過去の事例を参考にして頼らなければ、一体、誰がどうやって判断するのでしょうか?

その時、言われた返答を忘れることができません。

「経験とフィーリングで」

予測は確信に変わりました。プロジェクトは失敗するべくして失敗しているのだと。個人の経験とフィーリングが正義であり、知識や淘汰された叡智が意味を持たない世界。多くのプロジェクトではきっと、神の啓示がプロジェクトを成功に導くと信じられているのかもしれません。

まとめ

現在、見積りの手法は高度に発展しており、その技法は体系化されており、サイエンスと言える領域に達しています。それは主に7つのアプローチに分けられます。

1. データ・ドリブンの適用:
見積りを直感や経験則だけでなく、データ分析や統計的手法を用いて行う

2. 不確実性の定量化:
見積りの不確実性を確率として表現し、リスクを定量的に評価する

3. 継続的な改善と学習:
過去のプロジェクトデータを分析し、見積り精度の向上に活かす

4. 不確定要素の可視化:
プロジェクトの不確定要素を明確化し、見積りに織り込む

5. 客観性の重視:
個人の主観や楽観主義に偏らないよう、客観的なデータや手法を用いる

6. 確率論的思考:
単一の数値ではなく、確率分布として見積りを捉える

7. 透明性の確保:
見積りの根拠や前提条件を明確にし、ステークホルダーとの信頼関係を構築する

これらを実行することができれば、見積りの精度は飛躍的に向上するとされています。

後編は上記の7つのアプローチについて掘り下げながら、科学的なアプローチによる見積りの重要性と、AI時代における見積りの進化について解説します。

しかし、実のところ、正しい手法で正しい見積もりをすればそれで良いわけではありません。プロジェクトの成功には、正確な見積りだけでなく、正直さと透明性を重視する組織文化が不可欠です。見積もりにおいて、プロジェクトにおいて、本当に大切なものは何なのかについても考えていこうと思います。


この方に記事を用意していただきました!

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里宗 巧麻
UI・UXグループ
マネージャー

久しぶりのUI/UX連載記事です。後編もお楽しみに!

デザインを科学する「ニューロデザインラボ」でも記事を掲載中です。

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KLabのクリエイターがゲームを制作・運営で培った技術やノウハウを発信します。

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